私わたしは，1940年ねん5月がつ19日にちにレバノンのアミュンで生うまれました。数すう年ねん後ご，私わたしたち家か族ぞくはトリポリに引ひっ越こし，そこで私わたしは，エホバを愛あいする愛あい情じょう深ぶかく幸しあわせな家か族ぞくに囲かこまれて育そだちました。私わたしは5人にん兄きょう弟だいの末すえっ子こで，姉あねが3人にんと兄あにが1人ひとりいました。両りょう親しんは，お金かねを稼かせぐことを第だい一いちには考かんがえていませんでした。聖せい書しょを学まなぶこと，集しゅう会かいに出しゅっ席せきすること，神かみを知しるよう人ひと々びとを助たすけることを生せい活かつの中ちゅう心しんにしていました。

私わたしたちの会かい衆しゅうには，天てんに行いくよう選えらばれたクリスチャンが幾いく人にんかいました。そのうちの1人ひとりは，ミシェル･アブド兄きょう弟だいで，当とう時じの書しょ籍せき研けん究きゅうを司し会かいしてくれていました。兄きょう弟だいは聖せい書しょの真しん理りをニューヨークで学まなび，1920年ねん代だいの初はじめにレバノンに伝つたえました。私わたしが特とくに思おもい出だすのは，兄きょう弟だいがギレアデ学がっ校こうを卒そつ業ぎょうした2人ふたりの若わかい姉し妹まいに，敬けい意いを込こめて親しん切せつに接せっしていたことです。その姉し妹まいたちとは，アン･ビーボー姉し妹まいとグウェン･ビーボー姉し妹まいです。私わたしたち家か族ぞくは2人ふたりと親したしくなりました。何なん十じゅう年ねんかたって，アメリカでアン姉し妹まいと再さい会かいした時ときには，本ほん当とうにうれしかったです。その後ご，グウェン姉し妹まいとも会あいました。姉し妹まいはウィルフレッド･グーチ兄きょう弟だいと結けっ婚こんし，イギリスのロンドンにある支し部ぶ事じ務む所しょでベテル奉ほう仕しをしていました。

私わたしが子こ供どもの頃ころ，レバノンで奉ほう仕ししているエホバの証しょう人にんはごくわずかでした。でも，私わたしたちは聖せい書しょから学まなんだことを人ひと々びとに熱ねっ心しんに伝つたえました。宗しゅう教きょう指し導どう者しゃから反はん対たいされてもそうしました。よく覚おぼえている出で来き事ごとが幾いくつかあります。

ある日ひ，私わたしは姉あねのサナと一いっ緒しょにアパートで伝でん道どうしていました。すると，1人ひとりの司し祭さいが私わたしたちのいた階かいにやって来きました。誰だれかが呼よんだようです。司し祭さいは姉あねをののしり始はじめました。それだけでなく，姉あねを階かい段だんから突つき落おとして，けがをさせました。通つう報ほうを受うけて駆かけ付つけた警けい察さつ官かんは親しん切せつな人ひとたちで，姉あねが手て当あてを受うけられるようにしてくれました。司し祭さいは警けい察さつ署しょに連れん行こうされ，銃じゅうを持もっていたことが発はっ覚かくしました。警けい察さつ署しょの署しょ長ちょうは司し祭さいにこう言いいました。「あなたは一いっ体たい何なにをしているんですか。宗しゅう教きょうを教おしえているんですか。それとも暴ぼう力りょくを教おしえているんですか」。

ほかにもよく覚おぼえているのは，会かい衆しゅうでバスを借かりて辺へんぴな町まちへ伝でん道どうに出で掛かけた時ときのことです。私わたしたちは楽たのしく奉ほう仕しを行おこなっていましたが，そのことを聞きき付つけた司し祭さいが暴ぼう徒とを引ひき連つれてやって来きました。彼かれらは私わたしたちを困こまらせようとし，石いしを投なげ付つけることさえして，父ちちにけがをさせました。父ちちの顔かおは血ちだらけになっていました。父ちちは母ははと一いっ緒しょにバスに戻もどり，私わたしたちも心しん配ぱいしながら付ついていきました。その時とき，母ははが父ちちの顔かおを拭ふきながら言いった言こと葉ばが忘わすれられません。「エホバ，あの人ひとたちをお許ゆるしください。自じ分ぶんたちが何なにをしているのか知しらないのです」。

また，郷きょう里りの親しん族ぞくを訪たずねた時ときのことです。祖そ父ふの家いえに，よく知しられた主しゅ教きょうが来きていました。主しゅ教きょうは，私わたしの両りょう親しんがエホバの証しょう人にんであることを知しっていました。そして，まだ6歳さいだった私わたしを困こまらせようとして，こう言いいました。「君きみはどうしてバプテスマを受うけていないんだい？」 私わたしは，自じ分ぶんはまだ子こ供どもなので，バプテスマを受うけるには，聖せい書しょをもっと勉べん強きょうして，信しん仰こうを強つよくしなければいけない，と答こたえました。主しゅ教きょうは私わたしの答こたえが気きに入いらなかったので，祖そ父ふに向むかって，この子こは失しつ礼れいな子こだ，と言いいました。

とはいえ，こうした嫌いやな経けい験けんばかりだったわけではありません。レバノンの人ひとたちは一いっ般ぱんに，親したしみやすく，人ひとをよくもてなします。それで，多おおくの人ひとと聖せい書しょについて楽たのしく話はなし合あうことができましたし，聖せい書しょ研けん究きゅうもたくさん行おこなうことができました。

私わたしがまだ学がっ校こうに通かよっていた頃ころ，ベネズエラの若わかい兄きょう弟だいがレバノンを訪おとずれました。兄きょう弟だいは私わたしたちの会かい衆しゅうの集しゅう会かいに出しゅっ席せきし，姉あねのワファと親したしくなりました。やがて2人ふたりは結けっ婚こんし，ベネズエラに住すむようになりました。ワファは何なん通つうも手て紙がみを送おくってきて，家か族ぞくみんなでベネズエラに移い住じゅうするよう，父ちちに勧すすめました。家か族ぞくと離はなれて，とてもさみしい思おもいをしていたからです。やがて，私わたしたち家か族ぞくはその勧すすめに応おうじて移い住じゅうすることにしました。

私わたしたちは，1953年ねんにベネズエラに引ひっ越こし，カラカスにある大だい統とう領りょう官かん邸ていの近ちかくに住すむようになりまし た。まだ若わかかった私わたしは，大だい統とう領りょうが運うん転てん手しゅ付つきの車くるまで通とおり過すぎるのを見みては喜よろこんでいました。しかし，両りょう親しんにとって，新あたらしい国くに，言げん語ご，文ぶん化か，食しょく事じ，気き候こうに順じゅん応のうするのは大たい変へんなことでした。そして，ようやく慣なれてきたと思おもった頃ころに，非ひ常じょうにショックなことが起おきました。

父ちちが体たい調ちょう不ふ良りょうを訴うったえるようになりました。私わたしたち家か族ぞくは，一いっ体たいどうしたんだろう，と思おもいました。父ちちは丈じょう夫ぶで健けん康こうな人ひとだったからです。具ぐ合あいの悪わるい父ちちを見みたことなどありませんでした。父ちちは膵すい臓ぞうがんと診しん断だんされ，手しゅ術じゅつを受うけました。しかし，悲かなしいことに，1週しゅう間かん後ごに亡なくなりました。

この時とき私わたしたち家か族ぞくが経けい験けんした悲かなしみは，言こと葉ばでは言いい表あらわせません。私わたしはまだ13歳さいでした。私わたしたちは，大おおきなショックを受うけ，世せ界かいが終おわったかのように感かんじました。しばらくの間あいだ，母ははは父ちちの死しを受うけ入いれられませんでした。しかし私わたしたちは，それでも前まえに進すすまなければならないことに気き付づき，エホバのおかげでそうすることができました。私わたしは16歳さいでカラカスの高こう校こうを卒そつ業ぎょうした時とき，家か族ぞくの助たすけになりたいと強つよく思おもいました。

やがて姉あねのサナは，ルベン･アラウホ兄きょう弟だいと結けっ婚こんしました。兄きょう弟だいはギレアデ学がっ校こうを卒そつ業ぎょうした後のち，ベネズエラに戻もどってきていました。2人ふたりはニューヨークに引ひっ越こすことにしました。その後ご，家か族ぞくが私わたしを大だい学がくに行いかせることにしたので，私わたしはニューヨークに行いきました。そして，姉あね夫ふう婦ふの家いえに住すみながら大だい学がくに通かようことができました。私わたしはその間あいだに，2人ふたりから良よい影えい響きょうを受うけ，信しん仰こう面めんで成せい長ちょうすることができました。さらに，ブルックリンのスペイン語ご会かい衆しゅうには，立りっ派ぱな兄きょう弟だいたちがたくさんいました。中なかでも，ブルックリン･ベテルで奉ほう仕ししていたミルトン･ヘンシェル兄きょう弟だいやフレデリック･フランズ兄きょう弟だいと知しり合あえたことに感かん謝しゃしています。

ニューヨークでの大だい学がく生せい活かつの1年ねん目めが終おわろうとしていた頃ころ，私わたしは自じ分ぶんの人じん生せいについて改あらためて考かんがえるようになりました。良よい目もく標ひょうを持もって励はげんできたクリスチャンについての「ものみの塔とう」の記き事じを幾いくつも読よんで，真しん剣けんに考かんがえました。また，私わたしの会かい衆しゅうの開かい拓たく者しゃやベテル奉ほう仕し者しゃの幸しあわせそうな様よう子すを見みて，自じ分ぶんも同おなじようになりたい，と思おもいました。でも，私わたしはまだバプテスマを受うけていませんでした。程ほどなくして，自じ分ぶんの命いのちをエホバに捧ささげることの大たい切せつさを理り解かいするようになりました。そして献けん身しんし，1957年ねん3月がつ30日にちにバプテスマを受うけました。

バプテスマを受うけるという重じゅう要ような決けっ定ていをした後あと，私わたしは全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを始はじめることを考かんがえるようになりました。開かい拓たく奉ほう仕しをしたいという気き持もちはどんどん強つよくなっていきましたが，実じっ際さいにそうするのは難むずかしく思おもえました。大だい学がくの勉べん強きょうと奉ほう仕しの両りょう立りつはできそうにありませんでした。ベネズエラに住すむ家か族ぞくと何なん度ども手て紙がみをやり取とりして，大だい学がくをやめてベネズエラに戻もどり，開かい拓たく奉ほう仕しを始はじめたいと思おもっていることを説せつ明めいしました。

私わたしは1957年ねん6月がつにカラカスに戻もどりました。しかし，家か族ぞくの状じょう況きょうはあまり良よくなく，経けい済ざい面めんの助たすけが必ひつ要よう でした。どうすれば家か族ぞくを助たすけられるでしょうか。銀ぎん行こうでの仕し事ごとを紹しょう介かいされましたが，ぜひとも開かい拓たく奉ほう仕しをしたいと思おもっていました。ベネズエラに帰かえってきたのはそのためだったからです。それで，両りょう方ほうすることにしました。数すう年ねんの間あいだ，銀ぎん行こうで全ぜん時じ間かん働はたらきながら開かい拓たく奉ほう仕しをしました。人じん生せいで一いち番ばん忙いそがしく，一いち番ばん幸こう福ふくな時ときでした。

さらに，うれしいことがありました。エホバを深ふかく愛あいする美うつくしいドイツ人じんの姉し妹まいシルビアと出で会あい，結けっ婚こんしました。シルビアは両りょう親しんと一いっ緒しょにベネズエラに移い住じゅうしていました。やがて2人ふたりの子こ供どもが生うまれました。息子むすこのミシェル（マイク）と娘むすめのサミラです。また，母ははの世せ話わもすることになり，一いっ緒しょに住すむようになりました。家か族ぞくを世せ話わするために開かい拓たく奉ほう仕しをやめなければなりませんでしたが，伝でん道どうに対たいする熱ねつ意いは失うしないませんでした。私わたしとシルビアは，休きゅう暇かの時じ期きに可か能のうな限かぎり補ほ助じょ開かい拓たく奉ほう仕しを行おこないました。

この記き事じの冒ぼう頭とうでお話はなししたのは，子こ供どもたちがまだ学がっ校こうに通かよっていた頃ころのことです。確たしかに，私わたしはいい生せい活かつをしていましたし，同どう僚りょうからも信しん頼らいされていました。それでも，私わたしが一いち番ばん願ねがっていたのは，エホバの証しょう人にんとして知しられることでした。その日ひに考かんがえたことは頭あたまから離はなれませんでした。それで，妻つまと一いっ緒しょに座すわって，わが家やの家か計けいの状じょう態たいについて話はなし合あいました。私わたしが銀ぎん行こうの仕し事ごとを辞やめれば，かなりの額がくの退たい職しょく金きんを受うけ取とれます。借しゃっ金きんはありませんでしたから，生せい活かつを簡かん素そにすれば，かなりの期き間かんやっていけるだろうと思おもいました。

そうするのは簡かん単たんではありませんでしたが，愛あいする妻つまも母ははも，私わたしの決けっ定ていを心こころから支し持じしてくれました。もう一いち度ど，全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを行おこなえるのです。本ほん当とうにうれしかったです。全すべては順じゅん調ちょうに思おもえました。ところが，驚おどろくようなことが起おこりました。

ある日ひ，医い師しからシルビアが妊にん娠しんしていると言いわれました。2人ふたりとも本ほん当とうに驚おどろきました。大おおきな喜よろこびでしたが，開かい拓たく者しゃになるという決けっ定ていについても考かんがえました。計けい画かく通どおり開かい拓たく奉ほう仕しを始はじめられるのでしょうか。私わたしたちはすぐに気き持もちを切きり替かえて，新あたらしい家か族ぞくを迎むかえることを楽たのしみにするようになりました。それでも，何なんとかして開かい拓たく奉ほう仕しができないかと考かんがえていました。

私わたしたちは目もく標ひょうについて話はなし合あい，当とう初しょの計けい画かくの通とおりにすることにしました。1985年ねん4月がつに息子むすこのガブリエルが生うまれました。そして，私わたしは銀ぎん行こうを退たい職しょくし， 1985年ねん6月がつに再ふたたび正せい規き開かい拓たく奉ほう仕しを始はじめました。その後ご，支し部ぶ委い員いん会かいで奉ほう仕しするよう任にん命めいされました。しかし，支し部ぶはカラカスにはなかったので，私わたしは週しゅうに2日かか3日か，80㌔ほどの距きょ離りを通かよう必ひつ要ようがありました。

支し部ぶ事じ務む所しょはラ･ビクトリアにあったので，私わたしたち家か族ぞくはその町まちに引ひっ越こすことにしました。これは私わたしたち家か族ぞくにとって，大おおきな決けっ定ていでした。うちの家か族ぞくは本ほん当とうに素す晴ばらしい家か族ぞくです。どれほど感かん謝しゃしても感かん謝しゃし切きれません。本ほん当とうによく協きょう力りょくしてくれました。姉あねのバハは母ははの世せ話わを進すすんで引ひき受うけてくれました。マイクは結けっ婚こんしていましたが，サミラとガブリエルはまだ私わたしたちと一いっ緒しょに住すんでいたので，ラ･ビクトリアに引ひっ越こす時とき，2人ふたりはカラカスの友とも達だちと別わかれなければなりませんでした。また，愛あいするシルビアもにぎやかな首しゅ都とでの暮くらしから，小ちいさな町まちでの暮くらしに順じゅん応のうする必ひつ要ようがありました。そして私わたしたちみんなが，以い前ぜんよりも小ちいさな家いえに慣なれる必ひつ要ようがありました。カラカスからラ･ビクトリアに引ひっ越こすという決けっ定ていには，本ほん当とうに多おおくのことが関かん係けいしていました。

その後ご，状じょう況きょうはまた変へん化かしました。ガブリエルは結けっ婚こんし，サミラも家いえを出でて，別べつの所ところに住すむようになりました。そして，私わたしとシルビアは2007年ねんにベテル家か族ぞくに加くわわるよう招まねかれ，今いまもその奉ほう仕しを楽たのしんでいます。長ちょう男なんのマイクは長ちょう老ろうで，妻つまのモニカと一いっ緒しょに開かい拓たく奉ほう仕しをしています。ガブリエルも長ちょう老ろうで，妻つまのアンブラと一いっ緒しょにイタリアで奉ほう仕ししています。そして，サミラは開かい拓たく奉ほう仕しをしながら，ベテルのリモート･ボランティアとしても働はたらいています。

私わたしはこれまでの人じん生せいの中なかで，たくさんの大おおきな決けっ定ていをしてきました。後こう悔かいは全まったくしていません。もしもう一いち度ど人じん生せいをやり直なおせるとしても，また同おなじ決けっ定ていをするでしょう。これまでさまざまな形かたちでエホバにお仕つかえできたことを心こころから感かん謝しゃしています。長なが年ねんにわたって，エホバとの固かたい友ゆう情じょうを保たもつことがいかに大たい切せつかを実じっ感かんしてきました。大おおきなものであれ小ちいさなものであれ，私わたしたちが決けっ定ていを下くださなければならない時ときに，エホバは「人にん間げんの理り解かいをはるかに超こえ」た平へい和わを与あたえてくれます。（フィリ 4:6，7）私わたしとシルビアは，ベテルでの神しん聖せいな奉ほう仕しを楽たのしんでおり，これまで下くだしてきた決けっ定ていをエホバは祝しゅく福ふくしてくださったと感かんじています。それは，エホバを第だい一いちにして決けっ定ていしてきたからです。